お釈迦様の教え
その26 教団の中心地 祇園精舎
お釈迦さまは、故郷で多くの人を救われると、さらに、多くの人々を救うため、当時、マガダ国と並ぶ強国であったコーサラ国へと向かわれました。
このコーサラ国には、スダッタというお金持ちがおり、孤独で貧しい人々に、いつも食事を与えていたので、「給孤独」と呼ばれて、尊敬されていました。
スダッタは、在家信徒となった後、コーサラ国に、お釈迦さまの教団を迎えるための精舎を建てようとしました。
精舎としてふさわしい場所を、必死で探し、ようやく見つけ出しましたが、その場所は、コーサラ国のジェータ(祇陀)太子が持つ土地でした。
それでも、スダッタは諦めずに、「どうかこの場所をゆずってください」と、何度も頼みこみました。
そして、ついには、スダッタが持っている黄金をその土地に敷きつめ、ゆずり受けたのです。
太子は、そのあまりの信仰心の強さに感動し、「私にもお手伝いをさせてほしい」と、自らも布施を願い出ました。
そこに建立された精舎は、太子とスダッタの名前を合わせて、「祇樹給孤独園(祇園)精舎」と呼ばれています。